Almost







I almost loved you, and I didn’t even know it

I almost wish you would have loved me too.






「お前今日予定あるの?」


帰り道、思い出したようにロックウェルが尋ねた。


「んー……わかんない」

「わかんないってことはあるんだな」


曖昧に答えたフレデリックに、ロックウェルは少しだけ笑って言った。
駅の辺りはイルミネーションで彩られ、すっかりクリスマスの装いになっている。高校生のカップルがベンチに座り、互いの手を握りあっていた。無意識に、フレデリックはポケットの中の自分の手をぎゅっと握りしめた。

テストの話や冬休みの話など他愛ない話をし、改札を抜けた別れ際、ロックウェルが言った。


「今日さ、フランシスコの家でクリパやるって。あいつの家でかいから、結構いろんなやつ来るらしい。俺も行くんだけど……もし予定なかったら来いよ」

「うん。行けたら行く」


ロックウェルは眉をあげてふっと笑いを洩らした。期待はしていないらしい笑みだった。


「ま、来れたら電話して。じゃーな」


電光掲示板を見上げ、腕時計を確認するとロックウェルは小走りで人混みに紛れていった。

フレデリックはしばしその場に佇んでいた。おもむろに携帯を開き、憂鬱なため息をついた。


『俺の知り合いがクラブでクリスマスイベントやるんだけど、フレデリックも来ないか? 10時からだから家まで迎えに行く』


何日か前に届いたメール。差出人はエドガー。
その文面を何度も読み返し、フレデリックはようやくホームに足を向けた。


二人きりで会おうと言うわけではない。イベントに連れていってくれる、それだけだ。それでも憧れのエドガーの誘いだ。行きたくないわけがない。だがどこかで気持ちが乗らない自分がいた。嫌ではない。ただ何となく、気が進まない。



家に帰れば兄のフィリップが出掛ける支度をしているとこだった。そこら中に洋服が散らかっていて、余程来ていくものを悩んだことがわかる。


「兄さん、出掛けるの?」

「うん、フランシスがきたら。なぁコートどっちがいいと思う?」

「……黒い方かな。でも兄さん、今日店はいいの?」

「いやほんとは店でもイベントか何かやろうかと思ってたんだけど……フランシスがいきなり誘ってきて! あいつ、仕事って言ってたくせに。マジ、サプライズとか好きなんだよな」


ほんと迷惑、などと言いながらフィリップの表情は嬉しそうだった。コートを羽織って、襟をただし、姿見で自分の装いを確認したときにフィリップの携帯が鳴った。


「はいはーい。うん、今行く。もう出るよ」


フィリップは携帯を閉じフレデリックに向き直った。


「じゃ俺は行くから、出るなら鍵かけていけよ」


短いファーのネックウォーマーを巻き付け、最後にもう一度鏡で確認するとフィリップは慌ただしく出ていった。フランシスが車で迎えに来ているのだろう。





時刻は7時。静かになった部屋でフレデリックはソファに寝そべった。
しばらく天井を見つめ、思いついたように起き上がって音楽をかけた。フィリップと共用のCDラックから適当に何枚か取り出し、気に入ったカバーのものを入れた。選曲はラウド・ロックだった。こんな時、兄と音楽の趣味が似ていて良かったと思う。


音楽が部屋中をぶつかって跳ね返り、フレデリックの思考をしばし分断する。それからフレデリックは電話をかけた。
長いコール音の間に、何となく口先に歌を乗せた。


――I almost made out with the homecoming queen

――Who almost went to be Miss Texas...


なかなか出ない相手に眉をしかめて切り掛けた時、大きな返事の声が聞こえた。


「……あ、俺です。今大丈夫ですか? あの、今日なんですけど……」

『フレデリック? あー、ちょっと待って。――何?』


後ろで女の声がした。更に後ろでは爆音の音楽(ダンスミュージック?)と、それに劣らない人のざわめき。その女の声も後ろの声にかき消されないように叫ぶような声でエドガーを呼んだ。少し間があって、女の声が間近にせまって、『誰?』と聞いた。エドガーは何か答えていたが、女は聞こえなかったらしく『えっ?』と聞き返した。エドガーは声を張って『こーはい』と言った。


(聞こえてんだけどな)


確かに後輩だから何も間違っちゃいないのだけど。間違ってないどころかそれ以外に言いようがない。
なのになんだろう、このわずらわしい気持ちは。胸がかすかに圧迫され呼吸に詰まる。
足元に視線を落とした。フローリングの床は冷たい。


『悪い、どうした。まだイベントは始まってないけど、もう来るか?』


奥歯を軽くかみ締めた。答えた自分の声は嫌に落ち着いていた。










「フレデリック! こっちこっち」


人ごみの中、フレデリックの姿を認めると彼は耳にあてていた携帯をたたんだ。
近くまで駆け寄ってきたときの彼の顔はほんのり赤かった。


「さみー! マジ寒くね? 早く行こうぜ」

「うん。皆何してる?」

「飲んで、飲んで、飲んで……って感じ。エミリオがエレーヌと消えて、フランシスコがイサベルと消えて、ロベルトがぶちきれて、寝て……」

「要するに終わってる」


にやっと笑ってフレデリックが言った。ロックウェルは大げさに頷いた。


「マジ終わってるよ。でもお前きたら仕切りなおし。ってかマジ寒い」


ロックウェルはいつもより早口でまくし立てた。きっと酒のせいだろう。

駅を離れ、フランシスコの邸宅は幅の広い道路が交わった整然とした街区にあった。人通りは少ない。密やかに灯る街灯が黒いアスファルトを濡らしていた。

街灯と街灯の間、互いの顔が見えなくなる暗さが降りたとき、フレデリックはロックウェルの手を取った。
ロックウェルは歩きながらフレデリックに触れている方の手をじっと見つめ、何度か瞬きをした。


「どうした?」

「寒いって言うから。どれくらい冷たいのかと思って」

「超寒いよ」

「でも手、熱い。俺のが冷たい」

「冷たいのが良い」

「意味わかんない」


あぁ、酔ってるな、とフレデリックは思った。そして、それでもいいか、と思った。
握り返された手の平から体全体に温かみが伝わった。










song: Bowling for Soup 「Almost」